カテゴリー「宇宙」の記事

2008/09/24

火星を想う老人

…に、きっとなると思っている。小学校以来、いろんなものに興味を持ったが、答えのない問いとして宇宙について様々なことを考えるのだけは、ずっと続いている。宇宙の果てのこと、宇宙の始まりや存在と時間のこと、未知の世界への興味と関心など、尽きて止まない。火星のことはその中のほんの一部ではあるが、大接近の年としていろんなことを騒がれているから、自分なりの感想も書いてみたいと思ってパソに向かっている。

小学校時代、雑誌などで見た想像上の火星人は「タコ・イカ」型だった。その頃は、異星に住んでいるのだから、そんなものなのだろうと、ウルトラ怪獣を思い浮かべては何の疑問も持たなかった。ところが、高学年になって「謎の円盤UFO」という番組が放映されていた。うーん、書いていて懐かしい。沈着冷静なストレイカー司令官(何だろう「チンチャクレイセイ」って何?とずっと思っていた)とかムーンベースとか通信衛星シド(シドの声は星一徹の声だったと思う)とかインターセプターとか。で、この番組の中に出てくる宇宙人が衝撃的だった。緑色の液体の中に体を入れていなければならなかったようだが、まぎれもなく人間型だったからだ。それで僕は理科の時間に担任に質問をしたのだった。「センセ、…の番組の宇宙人は人間型だけど、他の星なのになぜ?」「そりゃね、地球と同じ大きさ、重さの星で、同じように空気があって、水があって命が芽生えたら、地球人のように進化するんじゃないか」(そうとは限らないと今は知ってる)「なぜ?大きさや重さで何か変わるの?」「んー、そりゃ引力と言って…ええい、この際だ。みんな聞け!地球には引力というものがあってだな…」といわけで僕らはまず引力の洗礼を受けたのだが、これがなかなか信じられなかった。しばらくはみんなの中で「えんぴつが落ちた」と言わずに「地球がえんぴつを引っ張った」と言ってみるのが流行ったのだが。

先生はこんな話もした。「だからアポロの宇宙飛行士が飛んでいる宇宙空間は、これがないからベルトなどで押さえていないとフワフワ浮く」「うんうん」「月の上は地球の引力の6分の1だ。AKUN、おまえ体重は何キロ?」「えっと…36」「なら、月の上でヘルスメーターに乗ったら…」「6キロだー」「高飛びしたらどうなるべ」「バスケットは無理ぞな」「立ちションは…」みんなうるさい。「それからな…」先生は続けた。「月の上ではあんまり月が引っ張らない。高くジャンプできるくらいだし」「うんうん」「でも地球は6倍の力で引っ張る」「…だな」「じゃあ、月の上でずっと生活してて、地球に戻ったらどうなると思う」「ええっと、こうかな」と言って一人が立ち上がり、重そうに足を引きずって歩いた。「そうだろうな。だからもし、そんな軽くて引力のない星で命が進化して宇宙人になったら」「そっかー。ふにゃふにゃのぐにゃぐにゃかー」「電信棒タイプかー」「地球へ連れてきたらすぐ骨折」

こんなことがきっかけになり、とても宇宙に興味を持つようになり自分でいろいろな本を読むようになった。それまでは、大きい星だからさぞかし広い土地があるのだろうなと思ってた木星や土星がガスのかたまりであることや、太陽にも寿命があることや、…どれもこれも新鮮な驚きだった。太陽系の惑星の様々なデータを読んでいると、火星に水が存在しただろう、いや極には氷として今もあるだろうとか、生命存在の可能性は否定できないとか書かれていて、赤茶けた地表を思い浮かべてはいろいろなことを空想した。それから数年、僕は宇宙の始まりのことや太陽系外の宇宙の広さのこと、生命存在の可能性、多元宇宙論、時間軸など、もっと深遠なものに興味が移っていったが、にわかに火星に興味が戻ったのは10年ほど前である。そのきっかけは、バイキングの探査などのことではなく、「火星のテラフォーミング計画」というものであった。いつか遠いいつか、地球が温暖化、環境悪化、人口爆発、紛争などのいずれかの理由で人が住めなくなった時、どうするべきなのか。その一つの方法として、火星を地球化、いや、地球人が住める環境に変えていくというものである。いろんな方法が書かれていた。氷を溶かして水を作ること、悪環境に強い植物を繁殖させ、酸素を作り出していくことなど。数百年で可能という説や、2000年はかかるという説もあった。それで、そのためには、まず火星をもっと徹底的に探査しなければならない…そのためにはいずれ火星に「有人飛行」する…NASAではこれを早ければ2025年、遅くても2050年と考える…こんなことも書かれていたのだ。「もし、2050年ならば、僕は88歳だけど、生きていられるのかな」と考えると自分が死んでからどんどんいろんな謎が解けていくのだろうなという思いになり、空しくなりつつも、せめて火星有人探査は見届けたいと強く願った。だから、その日をワクワクしながら待つ老人になるだろうと思っているのだ。それまでは「レッド・プラネット」や「ミッション・トゥ・マーズ」を何度も観ながら、さらに想いを馳せることにしよう。

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2008/08/23

考えてはいけない

子供の頃は誰しも知識欲旺盛で、素朴かつ深遠なる疑問を親に投げかけては困らせる。小学校2年生の時、学研のジャンル別になった百科事典を買ってもらい、これが僕にとって知識の泉となったわけで、両親ともにうるさい質問から解放されてホッとしたことだったろうが、どれだけ百科事典を必死に読んでもわからないことがいくつかあって、それについては、また両親や友達、または先生にうるさく尋ねることになった。そうして最後まで残ったことの一つに「宇宙の外」があった。

ちなみに僕は、小学校の低学年の頃には、池の中に大ガメがいて、その背中に象が乗っていて鼻で世界を支えているとか、月でウサギが餅つきをしているなどというのは、科学未発達時代のまやかしだと知っていたので、「宇宙の外」には何があるのか、どうなっているのかという質問に対して、荒唐無稽な答えや非科学的なごまかしは許さなかった。誰かにこうだと説明してもらいたかった。その後いろんな本を読んで、宇宙の始まりのことや膨張のこと、多元宇宙論なども知ったが、それでも外に何があるのだ、どうなっているのだという疑問は消えず、これが消えない限り、超巨人が作り上げたジオラマの中に僕らはいるのだという友達の考えを完全に覆すこともできなかった。

大学を卒業して働き始めた頃、同僚に地球物理学科というところを卒業した者がいた。当然、互いに独身だったし、残業する時間も似通っていたから、いろいろと話をしたのだが、その彼に宇宙の外の疑問をぶつけてみた。すると彼は「宇宙とは存在」という簡潔な言葉を僕に言った。「存在?」「そう。宇宙はここにある。そして唯一の存在」「何となくわかるけど、その外はどうなっているの?」「だから、宇宙は存在なのだから、宇宙の外というのは…」「宇宙ではない!」「そう、だから非存在」「つまりないというわけ」「その通り」「でもさ、ちゃんと質量や大きさがあるモノである宇宙が何にも支えられずにそこにあるの?」「だから宇宙しかないのだから、支えるとか包まれるとか、そんなことは考えてはいけない」「いけないと言われても、何もない中にこんな馬鹿デカいモノがあるのだろう?うーん」「発想を変えなくちゃ」「…」「風船を思い浮かべる」「うん」「自分はその中にいる」「うん」「外の世界のことは考えない」「いや、考えるぜ」「風船の中だけがすべてだ」「すべてだと思わないよ。だからさっきから言っているように、無の中に宇宙があるのがわからんのだよ。浮いているのか、何なのか…」「無は無。無いものについて考えても仕方ない。考えてはいけない」 こうして僕と彼の議論は深夜に及ぶのであった。そして血の巡りの悪いこの頭は、いまだに「考えてはいけない」に納得できないのである。

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